
2018年12月14日
【岡山観光】旧閑谷学校
昨年、たまたまテレビで 旧閑谷学校という所の特集を見て。
その建物の 美しさに感動…!!
派手さはないけど、機能美 というか…
その凛とした雰囲気に惹かれて、実際に見てみたいな〜と。
閑谷学校は、岡山藩主の池田光政が作った
世界初の 庶民のための学校 です。
それまでは勉強って、身分の高い人しか出来なかったんですね。
なんと、今でも 隣にある少年自然の家 主催の行事で使われているのだそう。
実家の父に「しってる?」と聞くと、
「知っとるよ。卒論のテーマやったから〜」と。
(父は歴史の学科→日本史教員)
なので、前から父に一緒に行こう と言ってて(^^)
紅葉は 逃してしまったんだけど、
やっと見に行けました〜
○
○
○
岡山駅で待ち合わせ♪
山陽本線の各駅停車で 東に約30分
吉永駅という無人駅に。
そこから、バス という名のハイエースに乗って(笑)5分ほどで着きました。
バス停からも歩いて5分弱。

懐かしい 里山の風景〜

閑かな"谷"とついてる通り、山に囲まれ
周りから隔離されたような 閑かな場所です。
校門からは、正面に孔子を祀るお堂(?)が見えます。


でも入り口は、ここではなく 横の受付から〜
中はすごく広く、芝生で覆われてます

山に囲まれ、なんとも言えない景色です。

先程の お堂と、手前の2つの楷の木の紅葉が有名なのですが…完全に落葉。。
国宝になっている講堂

屋根は最初は茅葺だったそうですが、
わざわざ近くに専用の作業場を作ってまで
備前焼の瓦にしたそうです。
瓦の伸縮で染み込んだ水を抜く為の管も…

これは門の写真ですが…
分かるかなぁ?瓦の下の方に、細い丸があるの、、。
すごい建築技術ですよね〜!
光政は、ここを本当に大切にしていて、ずっと続くように とー
建築の物理的な面も、
それから 制度的な面も、工夫したようです。

柱や床は全て 漆で塗られていて、艶々です。
火灯窓(かとうまど)という 明かり取りの窓があります。
残念ながら中心部には 観光では入れなくて、周囲の廊下(回廊)だけ歩けます。

お寺でもよくありますが…
日本の建築は、内と外の境が 曖昧で
建物の中でも 自然の中にいるような感覚を味わえますね^ ^

うちの実家の離れも、軒がすごく深くて…
そこから庭を眺めると ほんと気持ちが良いです^ ^
習芸斎、飲室 つまり教室や食堂(英語で ティールーム って書いてた・笑)、
そして文庫もあります。

そこからさらに奥は、今は資料館になってますが、昔は学房(下宿かなぁ?)があったそう。
そこへ行く途中には、万一、学房から火が出た時に、講堂を守る為の 火除け山があります。(写真右側)
そこの細い道も絵になります!

ここの壁を白壁にしなかったのは、
後々のメンテナンスを考えての事。
そして、雑草が生えて壊れないように、
土を使わず石だけで作り、さらに
作る時に 石を洗って 植物の種を取り除いたのだとか。
そして、塀の上が丸いのは、
ここに勝手に城を建てようとしてるのでは ありません。と幕府に示しすためだそうでー
色んな事を考えて使っているんですね〜
そして、それら全てが、美しいんですよね〜!!
奥の資料館は明治の建物で、
これはこれで趣がありましたよ〜


ここも、学校として使われていた時期があるのだとか。
○○○
父は日本史の先生だったけど、
私、日本史は大の苦手教科でー!!
でもね、今更ながら、ちょっと面白いな って思いました。
全然知らなかったけど、
これを作らせた池田光政さんって、江戸時代の3名君の1人 と言われているそうで。
(ほかに、水戸黄門の光圀さんも。)
閑谷学校を知って、これを作った光政さんは凄いな〜と、今度は興味を持ちました。
やっぱり、岡山城も見に行こう〜^ ^
○○○
論語みくじ

帰る間際に 受付の方が、
隣に 御納所 という 光政の髪などを供養した塚がある と教えてくれました。
塚自体は、ただこんもりした物なんですけど、
そこまでの小道が、椿のトンネルで 雰囲気がありましたよ〜
もうすぐ 花がつくのかな〜?

塚は、つまるところ お墓だし…
光政の怨霊が、みたいな伝説もあるとネットで読みましたがー
隠居後10年、70代まで生きた 光政さん。
満足して安らかに この大好きな地を見守ってるんじゃないかな〜

バスで駅まで戻りました〜
バスは、閑谷学校のホームページで調べましたよ^ ^
電車の本数も少ないから注意です〜
ちなみに、滞在時間は1時間半くらいでしたよ。
○
○
○
車内の会話で知ったんですが、
うちの父は、大学浪人の予備校時代を 岡山で過ごしたんですって〜!
予備校の事は聞いたことあったけど、
その後、京都伏見の大学に行ったので
京都の予備校だと思ってた〜
歴史が好きで 社会の先生になったのではなくて、
先生になりたくて、
教科を考えた時に 国語を勧められたけど
(そういえば、父は めっちゃ本を持っています)
社会にしたのだとか。
そんな話を聞いたりしながら…
ひとときの、小さな旅でした(^^)
あとは、岡山駅近くで 父が調べた尾道ラーメンを一緒に食べて、帰りましたよ〜
父は退職してるんですが、
90歳の祖母のお世話(病院の送迎など)で
けっこう忙しくしてて。
非日常はリフレッシュになったようで良かったです。
私も、一緒に行けて良かったです〜(^^)
その建物の 美しさに感動…!!
派手さはないけど、機能美 というか…
その凛とした雰囲気に惹かれて、実際に見てみたいな〜と。
閑谷学校は、岡山藩主の池田光政が作った
世界初の 庶民のための学校 です。
それまでは勉強って、身分の高い人しか出来なかったんですね。
なんと、今でも 隣にある少年自然の家 主催の行事で使われているのだそう。
実家の父に「しってる?」と聞くと、
「知っとるよ。卒論のテーマやったから〜」と。
(父は歴史の学科→日本史教員)
なので、前から父に一緒に行こう と言ってて(^^)
紅葉は 逃してしまったんだけど、
やっと見に行けました〜
○
○
○
岡山駅で待ち合わせ♪
山陽本線の各駅停車で 東に約30分
吉永駅という無人駅に。
そこから、バス という名のハイエースに乗って(笑)5分ほどで着きました。
バス停からも歩いて5分弱。

懐かしい 里山の風景〜

閑かな"谷"とついてる通り、山に囲まれ
周りから隔離されたような 閑かな場所です。
校門からは、正面に孔子を祀るお堂(?)が見えます。


でも入り口は、ここではなく 横の受付から〜
中はすごく広く、芝生で覆われてます

山に囲まれ、なんとも言えない景色です。

先程の お堂と、手前の2つの楷の木の紅葉が有名なのですが…完全に落葉。。
国宝になっている講堂

屋根は最初は茅葺だったそうですが、
わざわざ近くに専用の作業場を作ってまで
備前焼の瓦にしたそうです。
瓦の伸縮で染み込んだ水を抜く為の管も…

これは門の写真ですが…
分かるかなぁ?瓦の下の方に、細い丸があるの、、。
すごい建築技術ですよね〜!
光政は、ここを本当に大切にしていて、ずっと続くように とー
建築の物理的な面も、
それから 制度的な面も、工夫したようです。

柱や床は全て 漆で塗られていて、艶々です。
火灯窓(かとうまど)という 明かり取りの窓があります。
残念ながら中心部には 観光では入れなくて、周囲の廊下(回廊)だけ歩けます。

お寺でもよくありますが…
日本の建築は、内と外の境が 曖昧で
建物の中でも 自然の中にいるような感覚を味わえますね^ ^

うちの実家の離れも、軒がすごく深くて…
そこから庭を眺めると ほんと気持ちが良いです^ ^
習芸斎、飲室 つまり教室や食堂(英語で ティールーム って書いてた・笑)、
そして文庫もあります。

そこからさらに奥は、今は資料館になってますが、昔は学房(下宿かなぁ?)があったそう。
そこへ行く途中には、万一、学房から火が出た時に、講堂を守る為の 火除け山があります。(写真右側)
そこの細い道も絵になります!

ここの壁を白壁にしなかったのは、
後々のメンテナンスを考えての事。
そして、雑草が生えて壊れないように、
土を使わず石だけで作り、さらに
作る時に 石を洗って 植物の種を取り除いたのだとか。
そして、塀の上が丸いのは、
ここに勝手に城を建てようとしてるのでは ありません。と幕府に示しすためだそうでー
色んな事を考えて使っているんですね〜
そして、それら全てが、美しいんですよね〜!!
奥の資料館は明治の建物で、
これはこれで趣がありましたよ〜


ここも、学校として使われていた時期があるのだとか。
○○○
父は日本史の先生だったけど、
私、日本史は大の苦手教科でー!!
でもね、今更ながら、ちょっと面白いな って思いました。
全然知らなかったけど、
これを作らせた池田光政さんって、江戸時代の3名君の1人 と言われているそうで。
(ほかに、水戸黄門の光圀さんも。)
閑谷学校を知って、これを作った光政さんは凄いな〜と、今度は興味を持ちました。
やっぱり、岡山城も見に行こう〜^ ^
○○○
論語みくじ

帰る間際に 受付の方が、
隣に 御納所 という 光政の髪などを供養した塚がある と教えてくれました。
塚自体は、ただこんもりした物なんですけど、
そこまでの小道が、椿のトンネルで 雰囲気がありましたよ〜
もうすぐ 花がつくのかな〜?

塚は、つまるところ お墓だし…
光政の怨霊が、みたいな伝説もあるとネットで読みましたがー
隠居後10年、70代まで生きた 光政さん。
満足して安らかに この大好きな地を見守ってるんじゃないかな〜

バスで駅まで戻りました〜
バスは、閑谷学校のホームページで調べましたよ^ ^
電車の本数も少ないから注意です〜
ちなみに、滞在時間は1時間半くらいでしたよ。
○
○
○
車内の会話で知ったんですが、
うちの父は、大学浪人の予備校時代を 岡山で過ごしたんですって〜!
予備校の事は聞いたことあったけど、
その後、京都伏見の大学に行ったので
京都の予備校だと思ってた〜
歴史が好きで 社会の先生になったのではなくて、
先生になりたくて、
教科を考えた時に 国語を勧められたけど
(そういえば、父は めっちゃ本を持っています)
社会にしたのだとか。
そんな話を聞いたりしながら…
ひとときの、小さな旅でした(^^)
あとは、岡山駅近くで 父が調べた尾道ラーメンを一緒に食べて、帰りましたよ〜
父は退職してるんですが、
90歳の祖母のお世話(病院の送迎など)で
けっこう忙しくしてて。
非日常はリフレッシュになったようで良かったです。
私も、一緒に行けて良かったです〜(^^)